デリー — 3冊かけてたどり着く「1ページ目」
「デリーからロンドンまで、乗合いバスで行けるか」。 この問いから始まった旅が、デリーに着くのは3冊目の終わりです。 つまりこの街は目的地でも通過点でもなく、 本来なら1ページ目だったはずの場所です。※作品の本文は掲載していません。
最終更新:2026年8月8日
なぜデリーだったのか
この旅の発端は、「デリーからロンドンまで乗合バスで行けるか」という思いつきです。 なぜロンドンなのかは分かりやすい——ユーラシアの西の果てだからです。 ではなぜ東側の起点がデリーなのか。
当時、陸路でユーラシアを西へ抜ける道筋は 実際に存在していました。インド亜大陸から中東へ、そしてヨーロッパへ。 デリーは、その道が始まる場所だったということです。 東京でもバンコクでもなく、デリーが起点として選ばれたのは、 そこから先がひと続きの陸路になっていたからです。
着くまでに全6巻の半分
ところが実際の旅は、デリーのはるか東から始まります。 香港で足を止め、マレー半島を南端まで下り、 インドに入ってからも北へ寄り道してからようやく到着します。
普通の構成なら、これは破綻です。 本題に入るまでに全体の半分を使っているのですから。 それでも作品として成立しているのは、 予定どおりに進まないこと自体が主題だからです (作品解説)。
到着が高揚しない理由
3冊かけてたどり着いた場所ですから、劇的な到着になってもおかしくありません。 しかしこの作品は、そう書きません。
理由は単純で、デリーは目的地ではなく出発点だからです。 着いたことは達成ではなく、ようやくスタートラインに立っただけ。 しかもその先に待っているのは、 景色の変わらない乾いた土地を延々とバスで進む日々です。
デリー到着が静かなのは、最終巻のロンドン到着とまったく同じ理由です。 この作品において「着く」ことは、良いことではありません。 着けばその区間は終わってしまう。 目的地とは、旅を殺す場所でもある—— その姿勢は、3冊目の時点ですでに一貫しています (第6巻の解説)。
ここから旅の性格が変わる
デリーを境に、旅の中身がはっきり変わります。 「留まる旅」から「進む旅」への転換点です。
| デリーまで(1〜3巻) | デリーから(4〜6巻) | |
|---|---|---|
| 主役 | 街 | 移動 |
| 時間の使い方 | 気に入った場所に留まる | 次の便に乗る |
| 書かれるもの | 人、路上、生活の熱 | 待ち時間、車内、乾いた土地 |
| 自由度 | 高い。いつでも予定を変えられる | 低い。賭けの実行が最優先になる |
つまり賭けを果たそうとした瞬間に、旅から自由が失われていく。 前半3巻が読んでいて楽しいのは、この対比があるからです。 デリーは、その分かれ目に立っている街ということになります。
いま訪ねるなら
デリーは現在もそのまま訪ねられます。 作中と同じくカルカッタ(現コルカタ)から陸路で向かうことも、 カトマンズを経由することも可能です。
作中の時代とまったく違うのがここです。 取得していないと搭乗すらできません。 現地の空港で並べば何とかなる国ではないため、 出発前に必ず処理してください (ビザの調べ方)。
- 鉄道の路線網が広い — クラスの種類が多く、選び方で快適さが大きく変わります(移動手段)
- 陸路でネパールへ抜けられる — 作中と同じ順路をたどれます
- 西へは陸路で抜けられない — 作中の続きにあたる区間が現在は使えないため、ここで一度線が切れます
こちらの旅では、2月①〜③にコルカタ→ブッダガヤ→カトマンズ→バラナシ→デリーの順で通り、 そこから先は中央アジア経由に切り替えます。 作中で「本題が始まる街」が、こちらの旅では「代替に切り替える街」になる—— 半世紀の変化が最もはっきり出る地点です (作中の経路との対応)。