「深夜特急」というタイトルの由来
作中に深夜特急という列車が出てくるわけではありません。 ではこの印象的なタイトルはどこから来たのか。 由来と、言葉の選び方に込められた工夫を整理します。
最終更新:2026年8月6日
映画から採られた
タイトルは、著者が作品名に悩んでいた時期に観た映画 『ミッドナイト・エクスプレス(Midnight Express)』に由来するとされています。
つまり、旅の中で乗った特定の列車の名前ではなく、 外から持ち込まれた言葉です。 紀行作品のタイトルとしてはやや不思議な成り立ちですが、 結果としてこの作品と分かちがたく結びつく名前になりました。
なぜ「急行」ではなく「特急」なのか
英語の Express は、日本の鉄道用語では通常「急行」にあたります。 直訳するなら『深夜急行』になるはずでした。
しかし著者は「特急」を選びました。 理由は意味の正確さではなく、言葉としての響きです。
「深夜急行」と「深夜特急」を並べて口に出すと、印象がはっきり変わります。 「特急」のほうが硬く、速く、遠くまで行く感じがする。 翻訳としての正確さより語感を優先した判断で、 この選択がタイトルの強さを決めたと言えます。
「便」という数え方
もうひとつ、意識的に選ばれた言葉があります。 単行本の巻を数える単位として使われた「便」です。
| 巻 | タイトル |
|---|---|
| 第一便 | 黄金宮殿 |
| 第二便 | ペルシャの風 |
| 第三便 | 飛光よ、飛光よ |
通常、書籍は「第一巻」「上・中・下」などと数えます。 そこにあえて交通機関の運行を数える語である「便」を使うことで、 タイトルの「特急」と呼応させています。
つまり読者は本を読んでいるのではなく、便に乗っているという見立てです。 第一便に乗り、第二便に乗り継ぎ、6年待って最終便に乗る。 タイトルと巻の数え方が、ひとつの仕掛けとして組み合わさっています。
タイトルが決めたもの
この作品には、実際には特急も、深夜の長距離列車の旅も中心的には出てきません。 主要な移動手段はむしろ乗合バスです。
それでもこのタイトルが機能しているのは、 「夜のあいだにどこか遠くへ運ばれていく」という感覚を、 たった4文字で言い当てているからでしょう。 作品の内容を説明する題ではなく、 作品が読者に与える感覚のほうを名前にしたという点が、 このタイトルの巧みなところです。